酸性鉱山廃水(AMD)とは
AMD(Acid Mine Drainage:酸性鉱山廃水) は、鉱山や採掘現場で最も深刻な環境問題の一つである。硫化鉱物(特に黄鉄鉱 FeS₂)が空気・水と接触して酸化し、強い酸性水が生成される現象である。
酸化反応の化学
黄鉄鉱の酸化は段階的に進む。
第1段階:O₂ による直接酸化
\[\mathrm{FeS_2 + \frac{7}{2}O_2 + H_2O \rightarrow Fe^{2+} + 2SO_4^{2-} + 2H^+}\]
第2段階:Fe²⁺ の酸化
\[\mathrm{Fe^{2+} + \frac{1}{4}O_2 + H^+ \rightarrow Fe^{3+} + \frac{1}{2}H_2O}\]
第3段階:Fe³⁺ による加速酸化(自己触媒)
\[\mathrm{FeS_2 + 14Fe^{3+} + 8H_2O \rightarrow 15Fe^{2+} + 2SO_4^{2-} + 16H^+}\]
第4段階:Goethite の沈殿
\[\mathrm{Fe^{3+} + 2H_2O \rightarrow FeOOH\downarrow + 3H^+}\]
Fe³⁺ は黄鉄鉱をさらに酸化する酸化剤として働く。 FeS₂ → Fe²⁺ → Fe³⁺ → さらに FeS₂ を酸化……という連鎖が起き、 一度反応が始まると指数関数的に加速する。 これが AMD が止まりにくい理由である。
今回使う PHREEQC の新機能:REACTION ブロック
これまで使ってきた EQUILIBRIUM_PHASES は「平衡に達するまで反応させる」命令である。 今回の REACTION ブロックは「指定した量の物質を強制的に加える」 不可逆反応の命令である。
| EQUILIBRIUM_PHASES | REACTION | |
|---|---|---|
| 反応の性質 | 可逆(平衡) | 不可逆(強制添加) |
| 終了条件 | SI = 0 になるまで | 指定量を全部加えるまで |
| 用途 | 鉱物の溶解・沈殿 | 酸化・燃焼・投薬 |
| 黄鉄鉱への適用 | 不適(逆反応が起きてしまう) | ✅ 適切 |
黄鉄鉱の酸化は不可逆 ── 一度 FeS₂ が溶解したら元に戻らない。だから REACTION を使う。
INCREMENTAL_REACTIONS の役割
今回の計算で最も重要なキーワードが INCREMENTAL_REACTIONS true である。
途中の Goethite 沈殿が無視され、
正しい反応経路が再現できない。
ステップごとに EQUILIBRIUM_PHASES が走り、
Goethite が過飽和になった瞬間に沈殿する。
EQUILIBRIUM_PHASES に Goethite 0 0 を書いても、 INCREMENTAL_REACTIONS true がなければ Goethite の SI がずっと過飽和のまま沈殿せず、 計算結果が現実とまったく異なる値になる。 必ずセットで書くこと。
PHREEQCコード(完全版)
# ============================================================
# DeepFlow #6 - 黄鉄鉱の酸化と AMD 形成
# INCREMENTAL_REACTIONS true が必須
# ============================================================
SOLUTION 1 "石灰岩地帯の地下水"
temp 25
pH 7
pe 4
units mol/kgw
Ca 1.5e-2 # 15 mmol/kg(石灰岩地帯の典型的な地下水)
-water 1
EQUILIBRIUM_PHASES 1
CO2(g) -3.5 10 # 大気 CO₂ と平衡(pCO₂ = 10⁻³·⁵ atm)
Goethite 0.0 0 # Goethite 沈殿シンク(Amount=0)
Gypsum 0.0 0 # Gypsum 沈殿シンク (Amount=0)
REACTION 1
FeS2 4 # 黄鉄鉱(化学量論比)
O2 15 # 酸素
# 段階的に添加(mol 単位)
0.0001 0.0003 0.0005 0.001
0.002 0.005 0.010 moles
INCREMENTAL_REACTIONS true # ← 必須!
SELECTED_OUTPUT 1
-file pyrite_oxidation.sel
-pH true
-pe true
-totals Fe S Ca
-molalities Fe+2 Fe+3 SO4-2
-saturation_indices Goethite Gypsum Pyrite
-equilibrium_phases Goethite
END
元のコードに含まれていた Gypsum 0 0 の設定は、 一般的な地下水の Ca²⁺ 濃度では過飽和に達しないため本コードでは省いた。 Gypsum の沈殿は SO₄²⁻ と Ca²⁺ が共に非常に高濃度になる 特殊な地下水(石膏鉱床周辺など)でのみ観察される。
計算結果
SELECTED_OUTPUT の数値 (pyrite_oxidation.sel)
INCREMENTAL_REACTIONS true で計算した実際の出力値である。
| step | pH | pe | Fe (mol/kg) | SO₄ (mol/kg) | SI_Goethite | ⊿_Goethite |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 2.865 | 15.54 | 4.2e-9 | 8.0e-4 | 0.000 | 4.0e-4 沈殿中 |
| 2 | 2.291 | 16.35 | 2.3e-7 | 3.2e-3 | 0.000 | 1.2e-3 沈殿中 |
| 3 | 1.973 | 16.81 | 3.3e-6 | 7.2e-3 | 0.000 | 2.0e-3 沈殿中 |
| 4 | 1.695 | 17.21 | 3.7e-5 | 1.5e-2 | 0.000 | 4.0e-3 沈殿中 |
| 5 | 1.440 | 17.59 | 3.5e-4 | 3.1e-2 | 0.000 | 7.6e-3 沈殿中 |
| 6 | 1.173 | 17.98 | 3.7e-3 | 7.1e-2 | 0.000 | 1.6e-2 沈殿中 |
| 7 | 0.988 | 18.27 | 2.2e-2 | 1.5e-1 | 0.000 | 2.1e-2 pH < 1!強酸性 |
pH の変化を可視化する
考察
① pH の急落メカニズム
step 1 から step 7 にかけて pH が 2.87 → 0.99 まで急落する。 これは FeS₂ の酸化で H⁺ が継続的に生成されるためである。
特に step 4 以降(FeS₂ 累積添加 > 1 mmol)で pH の低下が加速している。 これは Fe³⁺ が蓄積して自己触媒的な酸化反応が起き始めたサインである。
② Goethite の沈殿(全ステップで SI = 0)
step 1 から最終ステップまで SI_Goethite = 0.000 が維持されている。 また、⊿_Goethiteは4.0e-4~3.2e-2と常にプラス値を示している。 これは「Goethite が常に沈殿し続けている」ことを意味する。
FeS₂ 酸化 → Fe³⁺ 生成 → 即座に Goethite として沈殿 → pH がさらに低下、 というサイクルが全ステップにわたって継続している。
これが鉱山廃水の川を特徴的な赤褐色に染める原因だ(「黄色い川」と呼ばれることもある)。
表の Fe(mol) が非常に小さい(step1: 4.2e-9 mol/kg)のは、 生成した Fe³⁺ がほぼ瞬時に Goethite として沈殿してしまうためである。 pH が 1 を下回る step7 でも Fe = 2.2e-2 mol/kg と比較的少ないのは 同じ理由による。
③ pe の上昇
pe が 15.54 → 18.27 と上昇し続けているのも重要なシグナルである。 pe(電子活量の対数)が高いほど強い酸化環境を意味する。 今回の系は O₂ を強制的に供給し続けているため、 反応が進むほど酸化力が強まっていく。
AMD の中和処理シミュレーション
AMD の中和処理では石灰石(Calcite)を添加して pH を回復させる。 今回の計算結果(step 7 の溶液)を使って中和処理を模擬できる:
# ============================================================
# AMD 中和処理のシミュレーション
# 上記計算の続きとして実行する
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SAVE solution 1 # 完全版の溶液を保存
# *貼り付け位置に注意!!!* この1行だけは END の前に書くこと!
USE solution 1
EQUILIBRIUM_PHASES 2
Calcite 0 10 # 石灰石を過剰に添加して pH を回復
SELECTED_OUTPUT 2
-file amd_neutralization.sel
-pH true
-totals Fe Ca
-saturation_indices Goethite Calcite
END
Calcite を添加すると pH が回復し、溶存 Fe が Goethite として沈殿する。 amd_neutralization.sel で pH・Fe の変化を確認してほしい。
まとめ:今回学んだ PHREEQC のポイント
PHASES ブロックで pH を任意の値に固定する Fix_H+ テクニックを使い、 pH 3〜14 でのアルミニウム溶解度を計算する。 Gibbsite の両性溶解挙動を溶解度ダイアグラムとして可視化する。
参考文献(References)
このシリーズの他の記事:
- #1 インストールと最初の計算
- #2 Speciationで海水を解析する
- #3 MixingとEQUILIBRIUM_PHASES
- #4 カルサイト−CO₂水反応
- #5 炭酸地下水と海水の混合
- #6 黄鉄鉱の酸化(AMD)(本記事)
- #7 溶解度ダイアグラム(Gibbsite)
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